阿部俊祐 ABE SHUNSUKE
専攻
音楽・作曲
学歴
2011 パリ国立高等音楽院作曲科第一課程
2009-2011 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了
2005-2009 東京藝術大学音楽学部作曲科卒業
作曲を、四反田素幸、小山薫、浦田健次郎、野平一郎、ジェラール・ペソンの各氏に師事。
受賞歴
2012 第22回芥川作曲賞ノミネート
2011-2012 ロームミュージックファンデーション奨学生
2010 野村学芸財団奨学生
2010 第17回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門中田喜直賞の部、優秀賞
2010 第8回TIAA全日本作曲家コンクール室内楽部門2位(1位なし)
2010 同上コンクール歌曲部門審査員特別賞
2010 京都フランス音楽アカデミーにてメシアン賞受賞
2008 安宅賞
01.留学までの経緯
「留学を志したきっかけは?」
もともとフランス音楽が好きで、藝大在学中は特にラヴェルやデュティユー、ブーレーズあたりに私淑していました。大学院に入ってから師事した野平一郎先生からも影響を受けました。フランス音楽が持つ繊細で色彩豊かな音楽が、どのような所で生まれ、何がフランスの作曲家達に影響を与えたのか、直に感じてみたいと思うようになり、大学院1年の時に留学を決意しました。外国に一度も行った事が無いというコンプレックスもあったと思います。それまでは自分が留学するなど、微塵も想像していませんでした。
「本格的に留学を計画し始めたのはいつですか?」
大学院1年になって割とすぐ留学を決意し、即準備にかかりました。具体的には、留学先の情報収集、語学、金銭面での計画です。それまで外国にいった事が無かったので、パスポートの申請、留学に必要なビザ等の公的手続きについての情報収集もしました。
「留学先に当該機関(大学等)を選んだ理由は?」
パリにある音楽学校といえば、そこしかないだろう! という安直な理由が大きいです。数年前に、とあるコンサートでパリ国立高等音楽院(CNSM)教授のステファーノ・ジルヴァゾーニの作品を聞き感心したことがあったので、彼の下で勉強したいという思いも少しありましたが、結果的に門下人数の関係で違う先生になってしまいました。また、第一課程に進学した理由は、単純に語学が間に合わなかったためです(第二課程に進むにはDELFのB2必須)。
02.留学の準備
「情報収集」
情報収集をするにあたり、当時私の周りには歳の近い作曲科出身の人でCNSMに留学した人が全くいなかったのと、フランス語もそれまで一度もやったことが無かったのでホームページを見ても何も分からず、大変苦労しました。出願方法や試験内容等、野平先生やテシュネ先生に助言を頂いたり、器楽で実際に留学している人に話を聞いたりしました。とにかく少しでも詳しい人に話を聞く事です。そうすれば自然と人脈も広がっていき、入試に必要な手続き、具体的な試験内容やその準備等といった、様々な情報が集まってきます。CNSMは出願をネットで行い、料金の支払いが外国送金だったりと日本の大学と勝手が違ったので少々困惑しました。
大学院1年の時には、少しでも留学前にフランスの感じに触れたいと思い、京都フランス音楽アカデミーの作曲コースを受講しました。後々、その時に講師としていらっしゃっていたアラン・ゴーサン氏(ローマ賞受賞作曲家で、CNSM出身。現在はCNSMとは別の学校等で教えてらっしゃいます)に、CNSMの入試直前に何度かレッスンをして頂くことになったのですが、この講習会での出会いがなかったら実現しなかったと思います。その講習会では大変興味深い講習を受けられたので、一層フランスに行く決意が増しました。
「語学の学習法は?」
それまでフランス語を勉強したことなど一度もなかったので、大学院1年の時にゼロからスタートしました。[gakunai]藝大の語学の授業は、正直なところ教師・生徒ともにあまり熱意を持っていませんし、いざ留学した時に充分足るようなものではないというのは既に学部時代から悟っていたので、[/gakunai]まずNHKのラジオ講座で文法を中心に独学で始め、最終的には語学学校に通いました。語学学校では、会話クラスを中心に履修しました。文法や単語等はほとんど自分でやり、分からないところを語学学校でフランス人教師に質問する、という方法をとっていました。最低でも30分、毎日欠かさずやりました。第一課程に入るにはDELFのB1の資格が必要なので、そのレベルに達するよう大学院の2年間、かなり必死にやりました。
「生活費の確保・実生活」
留学するにあたり一番大きな問題がお金です。藝大時代から日本学生支援機構のお世話になっていた私ですから、当然自費で留学など出来るはずもありません。それに、これ以上親のすねをかじりたくありません。留学に耐えうる生活費の現実的な確保について考えるにあたり、私はまず留学経験のある音楽家や学生、特にパリに留学している人で、自分の希望する進路と似た道を歩んだ人のプロフィールを手当たり次第調べ比較しました。すると、いくつか有名な奨学金の存在が浮き上がってきました。大きなもので、ロームミュージックファンデーションと文化庁の新進芸術家海外研修制度、この2つです。月30万貰えて返済不要です[gakunai](神か!?)[/gakunai]。あとは、その奨学金を運営している財団や文化庁などのホームページで、審査内容から申し込み手段を調べ、実際に受給している人はどういったキャリアを積んでいるのかといった情報を集めました。[gakunai]2010年に私の受賞歴が多いのは、そのキャリア作りのためで、曲の善し悪しよりも完全に受賞入選だけを狙って作曲しました。奨学金の申請書には、今までのキャリアを充分にアピールし(些細な演奏会でも全て書く)、具体的で限定された志望動機だけでなく将来的な含みのある書き方にして広がりを持たせ、熱意を込めて書いた覚えがあります。結果的にロームミュージックファンデーションに合格しました。[/gakunai]
現地での家探しは、留学を終えて日本に帰国する人と入れ替わりに入るのを狙うとよいです。もしあなたが留学を希望しているのなら、早めに現地にいる人と連絡を取り、そういった情報を集めておくとよいでしょう。入れ替わりですぐ入ってくれた方が大家としても助かりますし、なにより日本人は部屋をキレイに使うので、日本人居住者を望む大家は多いそうです。
CNSM外観
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「入試の内容はどのようなものでしたか?」
各入試内容と対応は以下のとおり(2011年当時。現在はいくつか変更されているので要確認)。
◎一次試験:ソルフェージュ(聴音、楽典、新曲視唱)
何も準備しませんでした。実際受験してみて、藝大学部入試よりレベルの低い問題で拍子抜けしました。演奏を聴いて何終止か選択せよ、音程を転回すると何度になるか、これは何旋法か、近親調内での転調を含む簡単な旋律を聴き取る、程度の問題です。楽典等の筆記試験では当然問題がフランス語で出てくるので、「偽終止」といった専門用語だけ事前に調べていけば問題ありません。
◎二次試験:音色等の聴き取り、コラール
音色の聴き取りという、日本では経験した事のない試験内容ですが、内容は難しくありませんでした。録音を聴いて編成を答えたり、特異な編成の現代曲を聴いてランドスケープを答えるといったものです。コラールは、藝大のような入試和声ではなく、もっと古典的なバッハの教会コラールスタイルでバス・ソプラノ課題を実施するというものです。コラールに関しては日本と勝手が少々違うので、テシュネ先生と林達也先生に事前に相談し、入試1年前くらいから個人レッスンして頂きました。
◎三次試験:20世紀スタイルでの作曲
日の出前の朝7時30分集合、お昼休憩無し(飲食物持ち込み可)、トイレ以外の外出一切禁止で、10時間ぶっ続けです(早く終わったら帰宅してよい)。一人一台ピアノを与えられ、藝大の小部屋練習室のような所で行います。20世紀スタイルと聞いてびくびくしていましたが、要は無調で書けという事です。昔はバルトークスタイルで等、作曲家の指定があったらしいですが、今現在は無くなったようです。指定された編成の中から最低7つ楽器を選び、20個程和音を与えられ、それらを曲中のどこかに用いて2~4分の曲を書けという内容でした。無調でいいという事なので、捉え方によってはある意味簡単で自由な試験であると思います。藝大入試の調性ソナタ形式で書く方がよっぽどキツいです。あまり声を大にしては言えませんが、見栄えする譜ヅラのことだけ考えて、曲の内容はかなり適当に書きました。10時間あるうち、実際に作曲していたのは4~5時間で、あとは寝たり(朝早かったので寝不足)、副科ピアノの練習をしていました。試験中だというのに掃除のおばちゃんは入ってくるわ、廊下で試験官達が大声で談笑しているわで、緊張感の欠片もありませんでした。
◎四次試験:オーケストレーション試験
私の時は、シェーンベルクとベルクのピアノ小品が2曲でてきて、室内楽編成にオーケストレーションしろという内容でした。楽器編成は指定された楽器の中から最低いくつ選べ、という感じで、ある程度自由に選べます(楽器の選び方のセンスも見られているという意味でしょう)。ピアノのある小部屋が与えられ、たっぷり12時間の試験です。当然昼休憩などありません。事前に、ゴーサン先生(前述した京都フランス音楽アカデミーの講師)に2~3度レッスンしてみてもらいました。レッスンでは、特異な事をするのではなく、合理的で堅実なオーケストレーションをするよう強調して言われました。
◎五次試験:アナリーゼ、副科楽器試験
オーケストラ等、大編成の近・現代曲のスコアを1時間半予見して(ピアノ無し)、試験官(6~7人)の前でアナリーゼした内容を最大15分話すというものです。私にはLigetiの合唱曲《Lux aeterna》が出題されました。死ぬかと思いました。当然フランス語で自分のアナリーゼの結果を説明しないといけません。私は藝大時代からそういったアナリーゼ的な事よりも感覚的なものに頼っていましたし、アナリーゼ的なことはせいぜい本を読むか授業を聞き流すくらいのことしかした事がなく、自分で分析的な事をした経験がほとんどなかったのでなかなか大変でした。フランス音楽は、一見感覚的な部分が多いように見えて、実は大変理論的な音楽です。これは入学後も痛感させられることになります。つたないフランス語でなんとか乗り切りましたが、これが全試験のなかで一番キツかったです。ちなみに他の受験生には、ストラヴィンスキーの《春の祭典》が出題された人もいまいした。これも、ゴーサン先生に2~3度事前にレッスンしてもらいました。
副科楽器はピアノを選択しました。ピアノは昔から全然弾けないので、ラヴェルのソナチネ2楽章を弾きました。アナリーゼの時と同じ試験官です。ピアノはペダルも鍵盤もがたがたの骨董品で、大変弾きにくかったです。
◎最終試験:面接
出願の際に一緒に自作を何作品か送っておくのですが、それを発表しました。日本の面接スタイルに慣れ切っていた私は、「志望動機は何ですか?」とか「この曲はどういう動機で書いたのですか?」とかいう通り一辺倒な面接を予想して行ったのですが、試験官は開口一番「あなたは30分時間を持っています。我々はあなたの話を聞いていますから、どうぞ好きに話してください」とだけ言って、あとはじっと私を見ていました。この時私の中で何かがプツンと切れ、もうどうにでもなれという変な勢いが付いて、つたないフランス語でベラベラとマシンガントークを始めました。幸い自作のオケのCDを持って行っていたので、面接中にその録音を聞かせて時間を稼ごうと悪巧みした部分もあります。結果的に録音を聞かせたおかげで試験官と会話のきっかけができ、よかったです。
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(左)CNSMで一番大きいスタジオです。[gakunai]藝大の千住校地がいかに素晴らしい環境かお分かり頂けるかと思います。[/gakunai](右)電子音楽スタジオ。スペックが低いので頻繁にフリーズします。
03.留学中
「教育内容、教育環境」
CNSMの出席は絶対です。日本の大学は授業がつまらなかったらその単位は捨ててサボっても何も言われませんが、CNSMでは欠席がある一定回数に達すると自宅に教務発行の警告書が郵送されてきます。また、その生徒が履修している授業の先生全員に、警告書のコピーが送られます。その警告書が3回来ると、強制退学にさせられます。なので、いくら興味がなくてくだらないと感じる授業だからといってサボっていると、大変なことになります。
CNSMは所謂「大学(universite)」ではありません。音楽芸術を保全し継承する国営の「文化保全機関」です。そこに入学するということはすなわち、そこの施設で教育を受けるという「契約」を結んだことと同義に扱われます。また、CNSMの在学生(国籍問わず)のほとんどが、CNSM入学の前に地方音楽院で1~2年勉強してから来ているようです。私のようにいきなりCNSMに来る人は、かなり珍しいケースのようです。
なお、これから述べる事は、CNSMの「作曲科のみ」に関する、私自身が思った事です。他の器楽科などに関する内容ではありませんので、ご注意ください。
[gakunai]結果から言うと、CNSMの作曲科は私の満足いく教育環境・教育内容ではありませんでした。大きく失望した部分のほうが大きいです。以下、主に作曲科第一課程で必修の内容について述べます。[/gakunai]
◎電子音楽(毎週月曜、9時~16時 日によって時間変更有り。2年目からは+火曜9時~11時)
[gakunai]最低の授業でした。主にProToolsとIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)のプラグインとソフトを使いますが、授業の内容はヘルプを見ればすぐ分かるような事を3~4時間もかけて教師がだらだらと語っているという内容です。既にDAWに親しんでいる人には苦痛以外の何者でもないでしょう。大学院からDAWをやっていた私からすると、本当に時間の無駄です。また、IRCAMが開発したAudioSculptやOpenmusic(2年目からはMax/MSP)の使い方もやるのですが、印象としては授業というよりはただのソフトのPR活動にしか見えません。1年目の授業では、1年かけて電子音楽(というか、スタイル的には50年以上前のミュージック・コンクレート)を作るのですが、その時もIRCAM製のプラグインを強要してきます。また、私が一度ミニマルのような曲を作ったら、とある教師が「CNSMではミニマルはタブーだ!」と言って全否定してきました。IRCAMとCNSMが強い繋がりを持っていて、長い歴史のあるCNSMのやり方に自負の念を持つのは分からないでもないのですが、少々頭が固すぎるところがあります。また、教師陣でさえProToolsの使い方が満足でない人がいて(これは本当に呆れました)、しばしば教師が授業中に一人ネットやヘルプで使い方を延々調べて、その間30~40分生徒はひたすら待ちぼうけ、という事も頻繁にあります。CNSMの作曲科に留学したどの生徒も(日本人だけに限らず)、この授業だけはひどかったと口を揃えて言っています。フランス人の生徒も授業中にお絵描きして遊んでいるくらい退屈です。Max/MSPの授業は、bangの出し方のような本当に始めの一歩から習います。1年かけて、ちょっとしたサンプラーやグラニュラーを作る程度です(実践的なMaxの研鑽を積みたい人は、IRCAMの公開講座などに参加しているようです)。その程度なら、ネットや資料を見れば充分独学できます。また、スタジオも酷い物です。一部スタジオはProTools簡易版で、ソフトの性能をフルに使用できません。スピーカーも、100Hz以下がほとんど聞こえないような陳腐な骨董品です。これで一体どうやってミックスをしろと? コレだけは断言できますが、藝大の千住校地の授業を取っていた時の方が、数倍勉強になりました。スタジオ環境も、授業内容も大変素晴らしいものだったと、改めて思い知らされました(千住校地のサウンドデザインの授業等は、現場で働いている人が授業してくれるので、実践的で大変興味深かったです)。[/gakunai]
◎音響学(木曜、9時~12時)
[gakunai]藝大の音響学の授業でやる内容とほとんど変わりません。教師の板書がめちゃくちゃ汚くて、フランス人以外の留学生は全員板書された内容を解読するのに必死だった、というのが印象に残っているくらいです。[/gakunai]
◎オーケストレーション
[gakunai]友人から事前に内容を聞いていた私は、今のところまだ履修していないのであまり確実な事は言えないのですが、どうやら教師によってはモーツァルトのピアノ曲のオーケストレーションから始める人もいるようで、私は今更そんな所からやり直している気分になれなかったのでまだ履修していません。ただ、教師(全部で3~4人いる)によるらしいので、いい先生が担当になったら当たりかも?[/gakunai]
◎フランス語(週1で1時間半、レベル別にクラス分け)
[gakunai]留学生対象にフランス語の授業があります。他にも英語、ドイツ語、イタリア語などがありますが、正直まったく役に立っていません。藝大もでしたが、なんでこう音楽大学の語学の授業はひどいんでしょうか。まず先生が生徒の語学レベルをきちんと認識できていないので、内容も質も毎回場当たり的で計画性がなく、うんざりしてきます。でも必修なので行かないといけません。日を追うごとに生徒全体の出席率が悪くなっています。先日はみんなでケーキを食べて1時間くらいおしゃべりして終わりました。それがフランスっぽくて楽しいという人も中にはいるかもしれませんが、私にとっては時間の無駄以外の何者でもありませんでした。[/gakunai]
◎作曲実技(週1、門下によって時間やスタイルは様々)
[gakunai]実技レッスンに関しては、幸い良い先生のクラスに入れたというのもありますが、大変満足しています。毎週だいたい1時間、個人レッスンです。私の先生であるペソン氏は大変深い洞察力で、細部まで曲を見てくれますし、生徒が書いてきたどんなスタイルに対しても寛容で理解があります。年に3回、アトリエと呼ばれる試演会のようなものがありますが、教務が全面的にバックアップしてくれ、作曲に集中できます。学校側は、生徒一人一人を「学生」ではなく「アーティスト」として見なして接してくれるので、演奏会一つにしても準備からステマネ、録音、マネジメントまでしっかりしてくれます。そういった点には大変感心しました。楽譜のコピーから製本まで、学校の設備を無料で使用できます。
作曲科には全部で3人先生がいますが、そのうち一人は恐ろしくストイックで、台湾人留学生の女の子はその先生の叱咤に耐えられず退学してしまったほどです。門下によって一長一短です。
作曲科全体の作品の傾向としては、「ノイズ派」と「飽和派」に二分できると思います。「ノイズ派」は、特殊奏法を多分に用いて、倍音やハーモニクス、息の音等、抽象的で繊細な表現を主とし、「飽和派」は常に混沌としていて次から次へと曲想や色彩が入れ替わり、常にフォルテの状態がひたすら続く、という感じです。私の個人的な感想ですが、たしかに書法やコンテクストは大変複雑で緻密に書かれているのですが、結果として表れた音楽自体にはあまり惹かれるものはありませんでした。日本の音楽コンクールでよく聞くような音もたくさん聞こえてきます。
◎試験
年に一度試験があります(授業によっては中間試験有り)。これも呆れてしまったのですが、電子音楽の試験は、授業中あんなに先生がベラベラとIRCAMのソフト紹介や機能の説明、電子音楽の歴史等を喋っていたにもかかわらず、試験に出た内容は拍子抜けするほど簡単なもので、一体今までの授業は何だったんだとがっくりしました。作曲の試験は、30~40分間自分の今までの作品や活動を中心に生徒自らがプレゼンするスタイルです。芸術家として、自分の作品をどうやって他人に理解させるか、売り込んで行くか、自分の音楽の魅力は何なのか、そういったものを自ら発信していく姿勢が求められます。
◎授業以外
留学をするにあたり悩ましいのが、今まで日本で培ってきた人脈やコネクションが、一端切れてしまうということです。私は海外で活動するつもりは端から無く、留学が終わったら絶対に日本で仕事をしようと思っていたため、留学にあたり日本の仕事や伝手をばっさり切ることが出来ませんでした。
そのため、今も日本から頂いているいくつかの仕事をパリに来てからも続けていますが、なかなか仕事と勉強や課題の両立が難しく、学校がない日も一日中家で仕事をしていなければいけないような日が多々あります。もっと色々なところに観光に行きたいのですが、バカンス(長期休暇)以外は難しいです。仕事がまだ無い若い時に留学した方が、時間をゆっくり使え、理想的だと思います。[/gakunai]
クリスマスミサをサン・シュルピス教会で。
「留学の意義」
[gakunai]前述したとおり、CNSMの作曲科の教育内容には満足のいく部分が大変少ないです。授業内容も、特に電子音楽の時間は授業を聞くことが次第に拷問のように感じてきましたし、内容自体は別にわざわざCNSMに来なくても、藝大のほうがよっぽど良い環境で効率的に勉強できます。ただ、ここまで授業に関してさんざんなことを書きましたが、ためになった場面も、本当に少しですがあるにはあります。反面教師的な意味でも、良い経験になっているとは思います。
学校に対する不満は多いですが、[/gakunai]私はなんだかんだCNSM、いや、パリに居続けています。それは、留学というのは学校が全てではないという思いがあるからです。一歩学校を出ると、そこはやはりパリ。街自体は吸い殻と犬の糞とスリだらけでとてもキレイとは言えませんが、質の高い演奏会、美しい美術と建造物、芸術が根付いた街(逆に日本のようなサブカルはほとんどゼロですが)、フランス人との人間味のあるやるとり(イラッとする事の方が多いですが)、バカンス中にヨーロッパ中を駆け巡れる身軽さ、宗教とは何か、人種とは、差別とは、文化の違いとは何か。日本とは何か、祖国への愛とは何か、そういったことを改めて考えさせられたり…。それら全てが留学経験だと思います。学校の外で感じたことの方が、私自身を成長させているような気さえします。そういった体験は、やはり日本に暮らしているだけでは分からないものだったでしょうし、旅行で来るよりも実際に暮らさないと見えない部分もあると思うので、良い経験になっています。
私は26歳でこちらに来ましたが、もっと感受性の豊かだった若い時に来ていたら、もっと感動したのだろうと思います。私の場合、大学院を出てから第一課程(日本で言う学部に相当)に来た事が、進路選択として全く正しかったとは言いにくいのです。院まで出てしまうと、また同じような勉強を1から繰り返すということに抵抗を感じてしまう部分がありますし、歳もそこそこいっているので、これからの人生について考える部分も大きいです。私は、留学中に親の健康に問題が生じたり、私の関心が次第に現代音楽から離れてきたという変化もあったり、30歳を手前にしてまだ学生ということに抵抗も感じたり、今でも続けている日本の仕事と勉学の両立が難しかったりと、現実的な問題が生じてきて、100%有意義な留学とは言えないかもしれません。実際CNSMの第一課程にいる学生は、ほとんど私と同じくらいの歳の人(25~28歳)が多いのですが、やはり私と同じような問題を抱えていたりする人も少しはいて、途中で退学する人も珍しくありません。私はパリに長くいるつもりはなく、なるべく早めに日本へ帰国するつもりです。留学は、自身も親も健康で、時間的余裕のある若いうちに早めにしたほうが良いと心から思います。また、勉強の進度的にも、学部を出てから来るのが丁度良いと思います。院を出てからなら、第二課程(入試は難しいですが)という選択肢も考えた方がいいかと思います。留学に年齢は関係ないと言う意見もありますし、長く学生として勉強を続けるという生き方も良いと思いますが、私のように現実的な生き方を選ぶ人もいるということ、それも決して間違いではないという事を申し上げておきたいです。
繰り返しになりますが、これはあくまで作曲科で私個人が感じた事です。器楽で留学しに来ている人は、私よりずっと若い人がほとんどですし、高校卒業後すぐ渡仏したり、学部の途中で休学または途中退学してこちらに来た人がほとんどで、CNSMに満足している人が大半です。[gakunai]昔からCNSMの作曲科には反発する人が多くいるので、特異な科と言えるかもしれませんね。[/gakunai]
街中に突然アートが現れる。それがパリ。
[gakunai]
04.その他
「藝大に望むこと」
全体的に特に不満はありませんが、語学の授業は、単位取得のためのゆるい授業だけではなく、留学希望者を対象にしたハイレベルな授業を設けてほしいです。藝大は外国語を専門とする大学ではないので実現はなかなか難しいと思いますが、留学希望者は結局独学か外部の語学学校に行くのが定跡となっていますし、 せっかく大学に在学しているのに自分の大学の授業を当てに出来ないのは、在学生として情けない思いがありました。
教育環境、内容に関しては、世界的に見てもとても高い水準だと思います。卒業してからその点に気付いた私は、今となってはもっと藝大で色々勉強したかったなという思いもありますが、それはどの世界にいっても同じような事は言われているわけですから、何とも言えません。
作曲科に限ったことを申し上げると(器楽等の他の科は除く)、学生が世界や社会に出た後、自立した作曲家として社会で必要とされる存在になるために、もっと役立つ授業をして欲しいです。当然自立していくためには学生個人の努力が必要ですが、色々な音楽や世界があるのだということを教授する指針と実践の機会を、もっと学生に示して欲しいです。具体的には、現代音楽のほんの一面だけに限定されたものではなく、DAWやMax/MSPなどデジタルミュージックにも門を開き、電子音楽やインスタレーション、商業音楽、エレクトロニカ等といった、もっと多様な音楽シーンに対応したフィールドを与えて欲しいです。これだけ音楽が多様化してきて、ただでさえ音楽消費が減ってきている世の中で、現代音楽という限定された一つのジャンルに固執して狭い世界に閉じ籠ることが果たして正しい選択と言えるでしょうか。もっとも、これはあくまで私の個人的意見であって、CNSMがそういった面に力を入れているわけでは決してありません。CNSMもやはり藝大と同じく所謂現代音楽メインの学校で、そういった他のジャンルへの対応はゼロに等しいです。諸外国と比べ日本は文化が大変独特で、豊かで、莫大なジャンルを有しています。それを強みに、広いアートシーンで活躍する本物の芸術家を輩出するためにも、もっと多様で開けた教育を望みます。
この時代、パソコンで楽譜一つ満足に作れない藝大作曲科の学生がいる(少ないと思いますが)というのが非常に残念ですし、手書き楽譜を推奨している風潮があるというのは時代錯誤だと思います。CNSMの作曲科学生は全員、そのまま出版できそうな綺麗な楽譜をFinaleやSibeliusで仕上げてきていますし、そういった楽譜制作の授業もあります。
私が藝大の作曲科学生に言いたいのは、「音環やDTMの授業をもっと取れ」ということです。そういった、時代のニーズに対応した作曲家になるための授業は、上野ではなく北千住にあります。これから先、デジタルミュージックの世界に進むか進まないかはその人の生き方次第ですが、たとえ今興味が無くても、知識として学んでおいて絶対に損はないはずです。是非作曲科でもそういった授業を増やしてほしいと思います。[/gakunai]
(2013.1.26)
夕暮れ時のノートルダム大聖堂。
※学外へは一部を抜粋して公開しています。