英国王立音楽院 Royal Academy of Music

profile_ohira

澤亜樹 SAWA AKI

専攻
音楽・弦楽(ヴァイオリン)

学歴
2010-2012 英国王立音楽院修士課程修了(Master of Arts, Diploma of Royal Academy of Music)
2010, 2012- 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程
2006-2010 東京藝術大学音楽学部器楽科卒業
 
受賞歴
2012 松方ホール音楽賞
2011 青山音楽賞新人賞
2010-2012 文化庁新進芸術家海外研修員(2年派遣)
2010 アカンサス音楽賞
2009 安宅賞

 

01.留学までの経緯

「留学を志したきっかけは?」

ジョージ・パウク教授の下で学びたいという強い気持ちがかねてよりあったため。パウク教授の美しさと力強さの両方を持つ音色と、そのボーイング(右手)のテクニックをぜひ取得したいと思い、教授の下で勉強することを希望しました。
クラシック音楽でイギリスというと、まだドイツやフランス、オーストリアに比べて留学する人は少ないかもしれませんが、ロンドンではヨーロッパ内外の素晴らしい音楽家のコンサートを数多く聴くことができ、また国際的な大都市であるため、さまざまな文化や芸術に触れて刺激を得られるだろうと思ったこともきっかけの一つです。

 

「留学前に短期研修、講習会に行きましたか?」

私が中学生になった頃、イギリスの湖水地方で毎夏行われている講習会に父が講師として行くことになったので、私も一緒について行き、初めてその講習会に参加しました。英語がわからずに困ることもありましたが、イギリス人の子たちと一緒にアンサンブルをしたり、いろいろな先生のレッスンを受けたりしてとても刺激を受けました。それ以来7年間ほど毎年その講習会に参加しましたが、その時に知り合った友達とは今でも連絡を取り合っていて、私が留学中も一緒にご飯を食べに行ったり、困ったときには相談に乗ってくれたりと親切にしてくれました。
大学生になってからは、学校が休みになると、パウク教授の個人レッスンを受けたり、講習会に参加するためにロンドンに行っていました。実は、パウク教授は父の先生でもあり、先生は私のことを生まれる前から知っていらして、本当の孫のようにかわいがってくださるのですが、レッスンの時には一切妥協せず厳しくレッスンをしてくださいました。現役を引退された今でも音楽に真摯に向き合っていらっしゃるお姿や、レッスンの時に弾いてみてくださる先生の素晴らしい音を間近で聴いて、かつて父が日本でパウク教授の演奏を聴いて、衝撃的に先生に師事したいと思ったように、いつしか私もパウク教授の下で勉強したいと強く思うようになりました。

 

「本格的に留学を計画し始めたのはいつですか?」

約1年前。英国王立音楽院の入学オーディションが入学前年の11月に東京であったので、そのための準備から始めました。イギリス留学はとにかくヴィザの申請や、英語の試験(IELTS)に合格することが大変なので、週1回程度語学のレッスンに通い、ヴィザの申請も半年ほど前から計画的に進めました。

 

「留学先に当該機関(大学等)を選んだ理由は?」

第一の理由はパウク教授が英国王立音楽院で教えていらしたからですが、音楽院に入ることでイギリス人のみならず、世界からやってくる他の学生たちと室内楽やオーケストラの授業を受けてみたいと思ったこと、そして著名な指揮者や演奏家たちが指導に来てくれるという恵まれた環境に魅力を感じたからです。

 
Royal Academy SoloistsのWigmore Hallでのコンサートの後に楽屋で Royal Academy Soloistsは学校のオーケストラオーディションで成績優秀だった生徒たちによる弦楽合奏団で、1年間この合奏団に所属しました。この時はScottish Ensembleというプロの合奏団とのコンサートで、彼らと一緒にティペットの二重弦楽合奏のための協奏曲を演奏しました。憧れだったWigmore Hallで演奏することができて、幸せでした。
Royal Academy SoloistsのWigmore Hallでのコンサートの後に楽屋で
Royal Academy Soloistsは学校のオーケストラオーディションで成績優秀だった生徒たちによる弦楽合奏団で、1年間この合奏団に所属しました。この時はScottish Ensembleというプロの合奏団とのコンサートで、彼らと一緒にティペットの二重弦楽合奏のための協奏曲を演奏しました。憧れだったWigmore Hallで演奏することができて、幸せでした。

 

02.留学の準備

[gakunai]

「出願手続きや入試の内容はどのようなものでしたか?」

11月下旬に東京でオーディションがありました。2曲の異なる時代の作曲家の作品という課題だったので、私はバッハの無伴奏パルティータ第3番の中から数曲とメンデルスゾーンのコンチェルトの第1楽章を演奏しました。演奏後は音楽院の教授と事務局の方との10分ほどの面接があり、音楽院に入ったらどういうことをしたいか、ロンドンではどのように生活していくのかなどの質問を受けたと思います。
入学オーディションは、2名の試験官だけで、アットホームな感じだったのであまり緊張しませんでした。通訳の方がいらっしゃいましたが、むしろ面接のほうが緊張した覚えがあります。英国王立音楽院には、日本センターというところがあり、入試や入学に何が必要なのか、またヴィザのことなどの質問に日本語で親切に答えてくださる方がいらっしゃって、私もお世話になりました。

 

「どのような入試対策をしましたか?」

実技では、藝大の入試の時同様に準備をしました。インタビューの方は英語で話す練習というのは特にしませんでしたが、ある程度、聞かれそうな質問の答えなどは用意しておいて臨みました。[/gakunai]

 

「語学の学習法は?」

音楽院入学にはIELTS(International English Test System)というイギリス英語独自の試験を受け、Reading, Writing, Listening, Speakingの4つのカテゴリーで総合得点が6.0以上必要でした(現在は少し合格点が変わっているようです)。内容は環境問題から政治問題まで幅広く、それについて自分の意見を述べたり、文章を読解しなければならなかったのですが、専門用語もたくさん出てきますし、合格点を取るのにとても苦労しました。半年ほど、週1回英語を習いに行き、あとは参考書を読んだり、自分自身で時間がある限り勉強しました。通っていた英語教室では、とにかく英語の小論文の書き方(書き出し方や、文の組み立て方など)を教えてもらい、実際の試験では、習った書き方を元に自分の意見を埋め込んでいく方法で書き上げました。試験問題の内容によっては、知識が全くなかったり、自分の意見をうまく表現できなくて、文字数が足りなくなってしまうこともあり、最後のチャンスと思って挑んだ試験の時には、苦手な分野が出ないことを試験直前まで祈っていたことを覚えています(笑)

 

「奨学金の申請有無とその結果は?」

2年間の文化庁新進芸術家海外研修の研修員としてロンドンに行かせていただきました。2年間は基本的に帰国ができないという条件だったので、つらいと感じることもありましたが、勉強に集中することができて良かったと今では思います。英国王立音楽院は学費が高いですし、ロンドンは都心並みに生活費がかかるので、とても助かりました。他の奨学金も申請するかどうかは文化庁の結果次第で考えようと思っていたので、結果的には文化庁のみ申請しました。
文化庁へは所定の用紙に、その月に何をしたか、どのようなことを学んだのかなどを書いたレポートを毎月作成し、3ヶ月毎に提出する義務がありました。帰国後には4000字程度の報告書を提出しなければなりませんでしたが、2年間の留学を文字にすることで、改めて自分にとっていかに大きな2年間であったかを感じることができました。

 
[gakunai]

「奨学金の申請方法にコツはありますか?」

基本的なことですが、提出書類に不備がないか、志望動機や留学した後のビジョンがはっきりしているか、ということが大切だと思います。私は、パウク教授の下でどのようなレパートリーを中心に学びたいと思っているか、また王立音楽院ではソロだけでなく、室内楽やオーケストラにも積極的に参加したいと思っていること、そしてロンドンで数多く行われている演奏会に頻繁に足を運びたいと思っていることなどを書いて提出しました。

 

「その他準備したことや留意した方がよいことは?」

文化庁の2次審査の面接では、提出した書類についてさらに踏み込んだことを聞かれるので、明確に答えられるようにしておくと良いと思います。[/gakunai]

 
学校で組んでいたカルテットで、コンサートの後楽屋にて 天気と芸術をテーマにしたイベントがReadingというロンドンから40分ほどの街であり、この日は歌とピアノの方と、イベントのために書かれた作品を世界初演させていただきました。今まで講習会などで外国人と一緒に室内楽をすることはありましたが、本当にたくさんのことを彼らと一緒に勉強できて幸せでした。
学校で組んでいたカルテットで、コンサートの後楽屋にて
天気と芸術をテーマにしたイベントがReadingというロンドンから40分ほどの街であり、この日は歌とピアノの方と、イベントのために書かれた作品を世界初演させていただきました。今まで講習会などで外国人と一緒に室内楽をすることはありましたが、本当にたくさんのことを彼らと一緒に勉強できて幸せでした。

 

03.留学中

「学校や現地での生活はどうでしたか?」

基本的には週1回90分のパウク教授のレッスンや室内楽のリハーサル、オーケストラのコンサートがある週は1日6時間のオーケストラ授業(リハーサル)があることもありました。オーケストラには世界的に著名な指揮者やロンドンのオーケストラのメンバーが指導しに来てくださり、貴重なアドヴァイスや興味深いお話を聞かせていただきました。王立音楽院には小さいころからジュニアオーケストラに入っていたような経験豊富な学生がたくさんいたので、大きな刺激にもなりましたし、さまざまなことを彼らからも学びました。
パウク教授のレッスンは進みが早く、1回のレッスンで一曲が終わってしまうこともありましたし、毎回のレッスンで得ることがとても多かったので、次のレッスンまでの準備が大変でしたが、より多くの曲のレッスンを受けることができたので、良かったと思っています。

1年生の途中からカルテットを組み始め、イギリス各地でコンサートをさせていただきました。イギリス人2名と日本人2名で組んでいたこともあり、イギリス人と日本人作曲家作品に焦点をあて、それぞれの作品を両国にもっと広めたいという思いから、卒業後に自分たちでプロジェクトを立ち上げ、日本でも公演やワークショップを行いました。言葉は違っても音楽という言語でコミュニケーションできるんだということを再確認できましたし、それぞれがどのように弾きたいかということがはっきりしていたので、時には衝突することもありましたが、その中から良いものを作り上げていくというのはとても面白かったです。

レッスンのための譜読みとカルテットでのコンサート、オーケストラの授業がまとめてある週は体力的にきつかったこともありましたが、息抜きに学校裏のリージェンツパークに行って大好きなバラを眺めたり、友達とおしゃべりをしたりして、気分転換しながら過ごしました。音楽院の友達はonとoffの切り替えが上手で、それも大切なことなんだなぁとよく実感させられていました(笑) ヨーロッパ圏を始め、アメリカやアジア、さまざまな国からの友達ができ、それぞれの文化や国のことを聞いたり、たまに考えが全く違ってびっくりすることもありましたが、おもしろい話をたくさん聞くことができました。

音楽院の練習室は30部屋程度しかなかったのですが、コンピュータ―で予約できるシステムになっていました。学校内か家のパソコンで毎日午後5時半と9時半に次の日の予約ができるようになっていて、その時間になると学校のパソコン室はパソコンの争奪戦。ぴったりの時間になるとマウスのクリック音が鳴り響いていました(笑) 予約した人は学校に来た際に、学校内にあるスクリーンで予約した時間の15分以内にサインをしなければ予約の権利がなくなってしまうシステムになっていたので、運よく横取りできてしまうこともありました。
また音楽院内では学内専用のメールアドレスを一人ずつ与えられ、そのアドレスにマスタークラスやコンサート、オーケストラの練習日程などの連絡が送られてきました。名前のイニシャルと苗字を合わせただけの簡単なアドレスだったので、個人的なアドレスを知らない先生や学生に連絡を取ることもすぐにできましたし、便利でした。

学校の後や休みの時にはとにかくたくさんのコンサートに出かけましたが、毎日ロンドンのどこかのホールでコンサートがあり、行きたいコンサートが重なって、どちらに行くか悩むこともありました。前にも書きましたが、世界各国から一流の演奏家が集まり、素晴らしい演奏を2,000円程度で聴けてしまうなんて、夢のようでした。
長期の休みの時には、イタリアで行われていたコンクールに挑戦したり、パウク教授が講師をされていたハンガリーの講習会に参加したりしました。ドイツやフランスに留学している友達のところへ行き、一緒に旅行をしたり、コンサートに行ったりもして、イギリスだけでなくヨーロッパの国々の生活や文化に触れることもできました。
もちろん、友達とイギリスの田舎や観光地に遊びに行くこともあり、楽しく過ごしたことを覚えています。イギリスの田舎は、おとぎ話に出てきそうな場所や、緑がたくさんあってゆったりとした時間が流れていて、リラックスすることができました。

留学して最初の7か月はホームステイのような形で生活していましたが、学校から交通の便が良くなかったために、その後は学校からバスで10分ほどの場所に一人暮らしをしていました。ホームステイしていた時には、水道・電気代などは大家さんに決まった額を払うだけですし、困ったときや体調が悪くなった時にはご飯を作っていただいたりして、とても助かりましたが、ロンドンでは日本のように電車は時間どおりに来ませんし、しょっちゅう止まってしまうので、学校の近くに住むというのは大事な条件になるかもしれません。一人暮らしは、家賃や光熱費の支払い、銀行口座の開設やインターネットの契約などすべて自分でしなければならなかったので最初は不安でしたが、日本人が多く住むエリアだったので治安も良く、また近くに日本人医師のクリニックもあり、安心して過ごすことができました。そしてなにより、通学時間が短縮されて、学校で練習部屋が見つからなかった場合でも家に帰って練習ができましたし、疲れているときには身体を休めたりすることもできて、時間を有意義に使うことができました。

 
学校裏にあるRegent's Parkのバラ園 私にとっての癒しスポットでした。
学校裏にあるRegent’s Parkのバラ園
私にとっての癒しスポットでした。

 
パウク教授の御宅でパーティー。先生と門下生たちと 奥様がとても美味しいハンガリー料理やお菓子を振舞ってくださいました。他の門下生とは、普段レッスンの時にすれ違うくらいだったのですが、こうしてパーティーをしてくださって、みんなや先生と交流することができて楽しい時間でした。
パウク教授の御宅でパーティー。先生と門下生たちと
奥様がとても美味しいハンガリー料理やお菓子を振舞ってくださいました。他の門下生とは、普段レッスンの時にすれ違うくらいだったのですが、こうしてパーティーをしてくださって、みんなや先生と交流することができて楽しい時間でした。

 

「留学中に得たこと、困ったことなど」

留学から得たことは本当に数えきれません。音楽のことはもちろんですが、実際にヨーロッパで生活をしてその文化や芸術に触れたり、そこでしか感じることのできない感動や心揺さぶられるような演奏を身体で感じたりすることで、視野が広がったり感性も豊かになったと思います。音楽は作曲家の心情や、私自身が曲の中から感じたことを表現するものだと思っているので、私にとって留学中に感じたことはこれからも大切にしていきたいと思っています。

見知らぬ男性に家までつけられそうになって怖い思いをしたり、文化庁の研修員は正当な理由がない限りは帰国することができないので、ホームシックになって寂しい思いをすることもありました。それでも先生や友達、そして日本にいる家族や友人がいつも支えてくれたおかげで2年間を過ごすことができたと思っています。
日本を外から客観的に見ることで、日本の良さを改めて知ることもできました。留学中に東日本大震災が起きて、毎日ネットから流れる、信じられないような映像を観て、ただ日本を心配することしかできなかったのですが、日本人の強さや絆の深さなどを感じ、日本人であることに誇りを感じました。日本人が持つ繊細さや感受性もヨーロッパにはない良さだと感じましたし、その良さは大切にしていきたいと思うようになりました。

 
パウク教授門下のコンサートが毎年ケンブリッジであり、地元の人やロンドンからお客さんが来てくださり、それぞれ15分程度演奏しました。ソロではなかなか演奏の機会がなかったので勉強になりましたし、とても素敵な雰囲気の場所で貴重な体験となりました。
パウク教授門下のコンサートが毎年ケンブリッジであり、地元の人やロンドンからお客さんが来てくださり、それぞれ15分程度演奏しました。ソロではなかなか演奏の機会がなかったので勉強になりましたし、とても素敵な雰囲気の場所で貴重な体験となりました。

 

04.留学を終えて

「将来の展望(留学経験を踏まえて)」

まだ自分がどのような奏者になりたいのかということは模索中ですが、いろいろな方とアンサンブルをすることが好きなので、室内楽やオーケストラを中心に活動していければいいなと思っています。ロンドンではロンドン交響楽団の研修生に入れていただいて、オーケストラのメンバーからいろいろなアドヴァイスを直接聞くことができたり、パッパーノやコリン・デイヴィスといった世界的な指揮者と共演させていただけたりして、素晴らしい勉強をすることができたので、その経験を活かすことができれば嬉しく思います。

 
[gakunai]

05.その他

「藝大に望むこと」

学生に留学という選択をもっとしやすくできる環境を作っていただければいいかなと思います(例えば、留学先の学校との単位振替を可能にしたり、短期留学ができるようにしたりなど)。
この体験記が少しでも留学の参考になれば嬉しいです。[/gakunai]
(2012.12.5)

 
卒業式でパウク教授と 卒業式はみんなガウンとハットを身に着けて、まるでハリー・ポッターの世界のようでした。一生の思い出です。
卒業式でパウク教授と
卒業式はみんなガウンとハットを身に着けて、まるでハリー・ポッターの世界のようでした。一生の思い出です。

 

※学外へは一部を抜粋して公開しています。