ベルリン芸術大学 Universität der Künste Berlin

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天本麻理絵 AMAMOTO MARIE

専攻
音楽・ピアノ

学歴
2010- ドイツ・ベルリン芸術大学(ピアノ科Diplom課程5ゼメスター編入)
2009-2013 東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了
2005-2009 東京藝術大学音楽学部器楽科卒業
2002-2005 兵庫県立西宮高校音楽科卒業

受賞歴
2012 スタインウェイ賞(ドイツ)
2011 アルトゥール・シュナーベルコンクール(ドイツ)最高位 他、国内多数受賞

 
 
 

01.留学までの経緯

「留学を志したきっかけは?」

父の仕事の関係で、ドイツ西部のエッセンという街で生まれました。残念ながら3歳までと非常に短い期間で記憶もほとんどないため、子供の頃から漠然と自分の生まれた国へ行ってみたいと思っていました。「留学」をはっきりと意識したのは、高校や大学に入ってからのことですが、子供の頃から繰り返しビデオや写真を見ては、遠いヨーロッパの国へ憧れを抱いていたように思います。音楽の道へ進もうと決めた中学時代の卒業文集には、音大へ行ってドイツへ留学すると書いていましたが、その頃はドイツで音楽の勉強をしたいとか、一流のオーケストラを聴きたいということよりも、とりあえずヨーロッパの街並みをこの目で見てみたいという思いの方が強かったかもしれません。

 

「留学前に短期研修、講習会に行きましたか?」

海外研修の夢が叶ったのは、大学3年の夏休みのことでした。事前に、私の日本の先生に「ヨーロッパの講習会に行きたいのですが、誰かいい先生をご紹介していただけませんか」とお伺いしました。ヨーロッパの夏期講習は、本当にたくさんあり、迷います。高い渡航費とホテル代、講習会費などを払って行くにもかかわらず、人数が多すぎて希望のクラスに入れない、オーガナイズが悪くて練習もままならない、という話もよく聞くので、日本から行く場合はきちんとクラスに入れるか、事前のオーディションがあるかないか、レッスンの回数などについて確認しておくことも必要です。

私の場合は、先生の留学時代の同級生が講習会をされているのでとのお薦めをいただき、初めての海外にもかかわらず単身ウィーンの街に降り立ちました。それまでにも、日本で外国の先生方のレッスンを単発で受ける機会はありましたが、2週間という長い期間で、継続してレッスンを受けることは初めての経験でした。日本と大きく違うと感じたことは、先生と生徒が一緒になって音楽を作るということです。日本では、先生が一方的にこう弾きなさいと指導することも多いように感じますが、私が受けたレッスンでは自分がどう弾きたいか、どのような音色を求めるかなど、言葉に出して意見を言い合い、そのためには何が必要かをアドヴァイスしていただくというレッスン体系でした。日本よりも生徒と先生間の関係がより近く、音楽について意見を言いやすい環境にあると感じました。そのような、ヨーロッパの空気に魅了され、絶対に将来ヨーロッパへ留学すると強く願い帰国したのを覚えています。

 

「本格的に留学を計画し始めたのはいつですか?」

大学院に進学して、すぐに留学について意識するようになりました。学部を卒業して留学した同級生や先輩方の海外での勉強の様子を見聞きするようになり、私も留学ということがより現実的で身近に感じられたように思います。そして、院1年の夏にドイツで開かれた講習会に参加し、その後在籍することとなるベルリン芸大の先生に出会いました。

 

「留学先に当該機関(大学等)を選んだ理由は?」

私がベルリン芸大を選んだ理由のひとつに、大きな街に身を置いて勉強がしたいと思ったことが挙げられます。勿論、個人でピアノを習うわけですから、良い先生に巡り合わなければならないのは大前提なのですが、その上でたくさんのコンサートや一流の音楽家が集う街、また生徒の質の高い学校(音楽の技術的な面ではなく、向上心があり切磋琢磨できる環境にある学校という意味)で勉強したいという思いがありました。実際に入学してみると、家にピアノがなく学校でしか練習できない人も多いことが要因のひとつかもしれませんが、文字どおり朝から晩まで練習室待ちの列ができていました。授業数も、日本に比べ少ないためか自分の練習にたっぷり時間を取ることができ、学生はみんな時間が許す限り練習している印象を持ちました。

私は、お昼から19時ぐらいまで学校で練習をし、夜20時からはほぼ毎日どこかのコンサートへ足を運んでいました。ベルリンには、ベルリンフィルハーモニーを始め、ドイツ交響楽団、ベルリン放送響など数多くのプロのオーケストラや歌劇場が存在し、また一流の音楽家も頻繁に来ます。素晴らしい演奏会やオペラ、バレエなどがどこかのホールで毎日開かれていて、学生は10ユーロ前後(1000円ほど)で聴くことができます。一流の音楽家たちの演奏を格安で聴くことができ、行きたいコンサートがありすぎて、どれに行こうか迷うという贅沢な日々を送っていました。

 

「留学の主な目的は?」

私は、ベートーヴェンやシューマンを中心に学びたいと考え、頑なに留学先はフランスでもオーストリアでもなくドイツという国にこだわり、できれば生粋のドイツ人の先生のもとで勉強したいと思っていました。
ピアノを習い始めた4歳からずっと日本で日本人の先生に学んできたため、以前からドイツ人作曲家が生きた土地でドイツ人のもとで勉強するということに深い意義を感じていましたが、ドイツ語から派生するドイツ音楽のフレーズ感、リズム感、息遣いひとつとっても全く違うものが存在すると、前記した講習会の数回に渡るレッスンで感じたことも、その思いを強くした理由のひとつです。
[gakunai]日本人で且つ何の宗教も信仰しない私が[/gakunai]西洋音楽を勉強するにあたり、少しでもその世界に近づけるよう、実際に「ドイツで」「ドイツ人のもとで」と思ったことが、留学の目的です。

 
ベルリン芸大には校舎がいくつかありますが、これはピアノ科、声楽科がメインの校舎。この裏には、美術学部の校舎、向かいにはベルリン工科大学と共同の図書館もあります。
ベルリン芸大には校舎がいくつかありますが、これはピアノ科、声楽科がメインの校舎。この裏には、美術学部の校舎、向かいにはベルリン工科大学と共同の図書館もあります。

 
(左)校舎内は冬でも暖かく、天井が高くてよく響きます。(右)レッスン室には鍵のかかったスタインウェイ2台に練習用ヤマハが1台。
(左)校舎内は冬でも暖かく、天井が高くてよく響きます。(右)レッスン室には鍵のかかったスタインウェイ2台に練習用ヤマハが1台。

 

02.留学の準備

[gakunai]

「出願手続きや入試の内容はどのようなものでしたか?」

ベルリン芸大のピアノ科の入試は、年に2回(2月入試→4月入学、7月入試→10月入学)あります。私が入試を受けた年(2010年2月入試→4月入学)のピアノ科には、ディプロム課程(10ゼメスターまで)とコンツェルトエグザメン課程(ディプロム課程を卒業した人が在籍することのできる、4ゼメスターのコース)がありました。
現在(2013年春)はこの課程が変更になり、バッチェラー(8ゼメスターまで。日本の学部にあたる)とマスター(4ゼメスター。日本の大学院にあたる)になっています。ですから、私の入試の時と既に色々と変更されていて、あまり参考にならないかもしれないことを先に明記しておきます。

学校のHPに掲載されている出願手続きのページから、何を準備しなければいけないかをよく確認して応募します。入学願書、成績表(藝大学部卒業時の英文のもの)、ドイツ語の履歴書、受験料の振込み証明書などが必要だったかと思います。無事に期限内に郵送すると、忘れた頃に受験票が届きます。それに集合場所や時間が書いてあるので、当日、受験票を持って学校へ行きます。たまに、不備や手続きの行き違いなどで受験できないことがあるらしいので、心配なら事務所にメールしてみるといいかもしれません。

私は日本の学部を卒業していたので、ディプロム課程の5ゼメスターに編入になると言われました。ただし、どのゼメスターに入るかは入学後に決まるので、1ゼメスター入学も5ゼメスター編入も入試の課題曲は同じです。
課題曲は、バッハの作品、古典派のソナタ全楽章、自由曲、初見、この4つを準備します。
入試は1次、2次試験とあり、1次試験では古典派のソナタを先生方に止められるまで演奏します。1次試験は5分弱ぐらいでしょうか。1楽章再現部前まで、2楽章少し、または突然3楽章から…など人によって違います。

会場は、学校の大きなホールで行われ、公開されています。客席の前の方にピアノ科の先生方が集まって座っており、舞台に出ていくと、「ハロ~! ○○楽章を弾いてください」などと言われます(先生方は慣れてらっしゃるので、独語、英語、仏語、日本語! 「イチガクショウ、オネガイシマース!」などと声をかけられます。私は話しかけられるなんて思っていなかったので、心底びっくりして、Halloと言われたのにペコリとお辞儀をするだけで精一杯でした)。

毎年ピアノ科だけで200人近くの応募があり、当日もかなりの人数がやってきます(2~3割は棄権します)。2次試験にはだいたい30人が進み、そこでは、バッハ(平均律だとほぼカットなし、その他の曲の場合はカットありですが、バッハは長めに弾かされます)、古典派のソナタ(また1楽章から、などとその場で指定)、自由曲(本当に短いです。3分ぐらいかもしれません。私はリストの15分ぐらいの曲を準備していたのですが、あろうことか「曲の一番盛り上がる部分のトレモロから弾いて!」と客席の聴衆から言われびっくりしました)、全部で15分ぐらい演奏しました。
ちなみに受験者は世界各国から集まってくるので、1次試験ではピアノ科を受験するレベルではない人、サッカーの応援のついでに受験しに来ている人(顔にペイントあり)、夏の入試ではビーチサンダルに短パンの人など、日本の受験とは全く雰囲気が違います。何があっても動揺してはいけません(笑)

 
こちらは、弦楽器科やオペラ科が主でドイツ語の授業なども行う校舎。ドイツ語の授業では、美術学部、音楽学部の学生が一緒に授業を受けます。学科の違う学生と休憩時間に談話したり、授業後ご飯に行ったりと、ピアノ科以外の人たちと関わることのできる数少ないチャンスでした。ピアノ科の校舎とは電車で2駅、歩いて15分ほどの距離にあります。と言っても、学生はベルリン市内乗り放題の電車のチケットを持っていますし、ベルリンは(東京と同じぐらい)交通網が発達しているので特別不便なことはありません。
こちらは、弦楽器科やオペラ科が主でドイツ語の授業なども行う校舎。ドイツ語の授業では、美術学部、音楽学部の学生が一緒に授業を受けます。学科の違う学生と休憩時間に談話したり、授業後ご飯に行ったりと、ピアノ科以外の人たちと関わることのできる数少ないチャンスでした。ピアノ科の校舎とは電車で2駅、歩いて15分ほどの距離にあります。と言っても、学生はベルリン市内乗り放題の電車のチケットを持っていますし、ベルリンは(東京と同じぐらい)交通網が発達しているので特別不便なことはありません。

 

「どのような入試対策をしましたか?」

特に対策をしたということはありませんが、入試前にベルリン芸大の先生とコンタクトを取り、一度聴いていただきました。そこで、少しアドヴァイスをいただき、すぐ入試でした。
日本の学部を卒業していない場合は、ドイツ語でのソルフェージュの試験などがあるので、事前に準備をしていた方がいいかもしれません。
ドイツ語に関してですが、受験の時にZD(ドイツ語基礎統一試験)を持っていることが条件となっています。また、入学後1年以内にMittelstufenprufung(ドイツ語中級試験)に合格しなければ退学という決まりもあります。[/gakunai]

 

「語学の学習法は?」

ドイツへ留学したいと学部の頃から漠然と思っていたので、藝大でドイツ語の授業を取っていました。しかし、授業で学ぶドイツ語と実際に使えるドイツ語というのは別物ですので、ドイツ語の会話力を身につけたいと思い、学部3年から留学直前までドイツ人の先生のもとへ週1回プライベートレッスンに通っていました。そこでは、[gakunai]ゲーテのような大手の語学学校とは違い、[/gakunai]音楽をテーマにした話をしたり、ドイツの生活について教えてもらったり、冬にはホットワインに先生手作りのシュトーレンを食べたりと、楽しみながら臨機応変に私の希望に沿ったレッスンをしていただけたので、留学直前まで続けられました。
語学に関しては、できるところまで日本で習得すべきだと思います。講習会には通訳の方がいたかもしれませんが、いざ留学するとそんなわけにもいきません。すぐにドイツ人の先生と1対1のレッスンが始まります。留学が決まってからアーベーツェーとやったのでは遅すぎます。私の場合は、少しドイツ語を勉強してから行ったものの、最初の1年はドイツ語漬けの日々でした。

 

「その他準備したことや留意した方がよいことは?」

これから留学したいと思っている人は、すでに留学している先輩や友達から色々と情報を得ると思います。しかし、それをすべて鵜呑みにせず、手続きや先生とのコンタクトなどは自分でよく確認し、準備することが大切だと思います。日本とは違いコロコロと年によって制度が変わったり、入試課題曲はもちろん、入学してからの受講科目が1ゼメスター前に入った人と違うカリキュラム、なんてことは日常茶飯事です。
人づてに何かを聞いたり頼んだりするのではなく、自分の口で直接訊き、確かめることが大事になってきます。待っているだけでは何も始まらない国です。自分で積極的に行動し、言葉に出すことでやっと相手に伝わるので、恐れずにどんどん行動することが留学生活の大きなポイントだと思います。

 
極寒の中、試験を受けに行った時の様子。空はどんより暗く、これでも朝9時ぐらい。 マイナス17℃なんて日もあり、身体の芯まで冷えるとはまさにこのこと!(2010年1月28日撮影) ヒートテック、手袋、靴下(2枚履き)、貼るカイロなど忘れずに! でも、実際留学して1年も経つと、0℃でも暖かいな~と思うようになりますよ。
極寒の中、試験を受けに行った時の様子。空はどんより暗く、これでも朝9時ぐらい。
マイナス17℃なんて日もあり、身体の芯まで冷えるとはまさにこのこと!(2010年1月28日撮影)
ヒートテック、手袋、靴下(2枚履き)、貼るカイロなど忘れずに! でも、実際留学して1年も経つと、0℃でも暖かいな~と思うようになりますよ。

 

03.留学中

「学校や現地での生活はどうでしたか?」

私は藝大大学院を休学して留学していたので、期間としては2年間(4ゼメスター)留学していました。実際にベルリン芸大に在籍してからは、1年間ほぼドイツ語漬けの毎日でした。
自分でも語学留学をしているのでは? と疑ったほどで、月~金の朝9時~12時まで学校外の語学学校、月・水・金の14時~18時は学校の語学クラス(この時点ですでに1日7時間)、これにレッスン、自分の練習、夜は語学学校と学校のドイツ語クラスの宿題……あっという間に1年が過ぎていきました。

この語学学校で出会った友達たちと、毎日授業後にお昼ご飯を食べ、休みの日に遊びに行ったりするうちに、ドイツ語を話す機会が増え意思疎通ができるようになったと思います。幸い一度も日本人が同じクラスにいたことがなかったので、ドイツ語しか通じないという状況が出来上がっていました。
学校自体(特にピアノ科)には日本人がたくさんいて、ついつい日本語が飛び交ってしまうので、語学学校でのこの時間は大変に貴重だったと思います。その上、年齢も国籍もバラバラ、留学や仕事、家族の転勤でついてきた人など、ドイツに暮らす理由は様々で、私がこの語学学校に行かなければ一生出会うことのなかった人たちに出会いました。これは、私の留学生活の中でも大きな財産のひとつです。経済的苦労もなく平和な国で、音楽ばかりやってきた私にとって、アフガニスタン出身者や、ガザ地区出身のジャーナリスト(仕事中に撃たれて義足なのです)、自国で働くことが難しくドイツで働きたいと願っている人たちと一緒に肩を並べて勉強しながら、文化との違いという一言では片付けられないほど、たくさんのことを学び考えさせられました。外から見た日本の在り方、他国出身者の私の第一印象(これはほぼ日本という国、日本人という第一印象に等しい)を受け、自分自身のアイデンティティーを探りながら日々生きていたように思います。

語学はただのツールにすぎません。日本人は意見することが苦手だと言われますが、言葉を駆使して拙いドイツ語でも何かを人に伝え、自分の考えを言葉にし、表現する、また他の人の話を聞き、真意を汲み取ろうと努力することがいかに大事かということを改めて感じました。
その後、無事に中級試験にも合格して、ここからようやく音楽中心の生活がスタートしました。

 
(左)B1からB2までずっと同じクラスで、とても仲良くなった友達たち。結婚して転勤になった人、既に薬剤師として台湾で働いていて、ドイツで新たに薬学部入学を目指す台湾人、ナイジェリアについて研究し、ベルリン自由大学の博士課程に留学中のイタリア人。向こうに見えているのは、まだ18歳ぐらいのドイツの大学入学を目指すインド人の女の子、と様々でした! 私はこのクラスでもかなりの落ちこぼれだったのですが、毎日サボらず、朝から頑張って行けたのも、フレンドリーに話してくれた彼らのおかげです。(右)みんなとても熱心で、授業後も先生の周りには質問の列が…。 日本のように、当てられて間違ってしまい恥ずかしいという独特の雰囲気は全くありません!
(左)B1からB2までずっと同じクラスで、とても仲良くなった友達たち。結婚して転勤になった人、既に薬剤師として台湾で働いていて、ドイツで新たに薬学部入学を目指す台湾人、ナイジェリアについて研究し、ベルリン自由大学の博士課程に留学中のイタリア人。向こうに見えているのは、まだ18歳ぐらいのドイツの大学入学を目指すインド人の女の子、と様々でした!
私はこのクラスでもかなりの落ちこぼれだったのですが、毎日サボらず、朝から頑張って行けたのも、フレンドリーに話してくれた彼らのおかげです。(右)みんなとても熱心で、授業後も先生の周りには質問の列が…。
日本のように、当てられて間違ってしまい恥ずかしいという独特の雰囲気は全くありません!

 

 
もちろん、メインは音楽留学ですのでそちらについても少し書きましょう。
大学に入学してから、単位管理をしている先生のもとを訪ねる決まりになっています。これまで、どこでどのような勉強をしてきたかを簡単に説明し、日本の単位取得表(英語)を持って行って単位の振替希望を行います。大体の場合、日本の学部4年を出ている人は、レッスン、室内楽、この2つだけになります。高卒や、フランスの音楽院などの場合は単位振替ができず、上記に加え合唱、音楽史、音楽理論、ソルフェージュなどが加わります[gakunai](この単位管理をしている先生との交渉次第で、うまく交渉すれば減る場合もあります)[/gakunai]。

私は語学試験に合格したあと、1年間はレッスンや室内楽にたっぷりと時間を取ることができました。家でもピアノが弾けるところに住んでいたのですが、それでは息が詰まりそうになるので、ほぼ毎日学校に顔を出していました。
平日は7時から22時半まで(現在は24時まで!)、土日も夜19時ぐらいまで学校で練習することができます。予約制ではなく、その場で部屋が空くのをひたすら待ち、2時間さらってまた追い出されて待つ、という繰り返しでした。それでも、窓の外には中庭があり、絶えず小鳥のさえずりが聞こえ、春にはウサギの親子がピョンピョン飛び跳ね、秋にはリスが目の前の木を駆け回り…と練習室の外は、まるでおとぎ話のようでした。慣れないうちは、ウサギだ! リスだ! と大興奮で、練習に来ているのか、動物観察に来ているのかわからないようなこともしばしば。突然の雷雨や、夕焼けを窓辺に見て、たくさんのインスピレーションを受け、ベートーヴェンはこんな空を見ていたんだろうか、と思いを馳せていました。

また、留学中の貴重な経験として、Vortrags Abendという門下ごとに行う小さな演奏会が2ヶ月に1度ぐらいの頻度であったこと、また留学2年目に受けた学内のコンクールで最高位をいただけたことが挙げられます。
Vortrags Abendとは、日本でいう発表会のようなもので、年に数回、門下ごとに行われ、その都度生徒が数名出演します。夜に学校のホールで行われる無料の公開コンサートですが、一般のお客さんもたくさん来られ、数ヶ月に一度、自分の成果を発表するいい機会でした。日本ではなかなかこのように広いホールで演奏する機会がありませんが、定期的に人前で演奏することで、舞台経験が豊富になり、その後の試験やコンクールなどの練習にもなります。

また、このVortragsで弾いてきた曲で、ちょうどいい機会だと学内のコンクールも受けました。コンクールで弾いたプログラムは、すべて留学してから今の先生のもとで勉強した曲で、ベートーヴェンやシューマンをはじめ、ドイツの作曲家を中心に演奏しました。1次、2次、ファイナルと休みの日もなく続けて行われ、膨大な課題曲を準備して演奏することは、かなりの体力、精神力を要するものでしたが、最高位という結果がついてきたことは私にとってとても喜ばしく、今後の勉強の自信にもつながりました。また、受賞者としてベルリンでソロリサイタルをさせていただいたのですが、地元のお客さんたちでチケットはすぐに完売。遠くの国のアジア人留学生で、どんな演奏をするのか全く知らない私をとても温かく迎えてくれ、クラシック音楽はドイツ人にとって本当に身近なものなのだと感じました。

 

「留学中に得たこと、困ったことなど」

得たことも困ったことも、ここに書ききれないほどたくさんあります。
困ったことの筆頭は、ドイツ語もままならないうちに降りかかってくる第一関門、暮らしていくための手続きたちです。学籍登録に始まり、保険加入、銀行口座の開設、住民登録、ビザの取得など挙げたらキリがありませんが、その中でも最初に受けたドイツでの洗礼と言えるものは、インターネット会社とのトラブルです。

電話とインターネットを新しく契約したにもかかわらず、電話もインターネットもつながらない、電話をしても何を言っているのか理解できない、説明書があるでしょうの一点張り。挙句に調査しに行くから家で待っていてと言われたのに、すっぽかされたこと×3回。電話をしたら、一度目の言い訳は「キミの家まで行ったのだけど、家がなかった。キミは一体どこに住んでいるんだ?」「ピンポンしたけど、いなかった」など、嘘のような言い訳をベラベラと並べられました。
最終的に私の堪忍袋の緒が切れ、一度も電話もネットも繋がらずに解約することとなりましたが、その後別の会社ともトラブルが発生。電話回線に問題があると言われ、調査すること2ヶ月。原因がわからず新たな配線をすることになったのですが、この工事がなんともずさんなもので、家の壁に穴を開け、3階の家の内側から1階の大もとの機械まで外壁にたらーんと線を垂らしてつないでいるのです。

しかし不思議なもので、自分の命に関わらないことであれば、郷に入らば郷に従えで、もはやどんなことをされても動じなくなりました。ただ、様々なことが起こる上で譲れないこと、許せることを切り分け、物事の本質を見極めることは大事なことだと思います。多少のことでは騒ぎ立てたりしませんが、ここは絶対に譲れないというところについては、納得のいくまで抗議したり意見を言うべきだと思います。

もちろん、みんながみんなこんなに適当な人ばかりだとは限りません。ドイツ人の良さは、「質実剛健」まさにこの一言に尽きると思います。無駄な出費や、華やかな生活は好みませんが、緑を眺め鳥たちの歌声を聴きながらの散歩、心豊かになる少しばかりの贅沢品(美味しいお酒や仲間との食事)、またコンサート、美術館巡りなど、芸術や文化には惜しまず、古いものや伝統を大切に生きています。常に新しく斬新な物で溢れ、帰る度に風景が変わる日本にもワクワクしますが、時には気持ちを沈め、物事をじっくり見る目も必要だと、ドイツ人から教えられたように思います。

 
(左)レッスン室兼練習室の外には、緑がいっぱい。窓を開けると、楽器の音に応えるように小鳥のさえずりが・・・。(右)下を覗くと、あっ、子ウサギ! 休憩中の楽しみのひとつです。
(左)レッスン室兼練習室の外には、緑がいっぱい。窓を開けると、楽器の音に応えるように小鳥のさえずりが・・・。(右)下を覗くと、あっ、子ウサギ! 休憩中の楽しみのひとつです。

 

04.留学を終えて

「将来の展望(留学経験を踏まえて)」

大学院を修了したら、また春からベルリンでの生活が始まります。ドイツに住むと、遠く離れた日本の良さや悪さが見えてきます。この1年、日本で藝大に通い、今はドイツの良さや悪さを少し客観的に見ることが出来ています。
質素な生活を送りながらも心は豊かであろうとするドイツ人の気質など、日本のスピード社会とはまた違う独特の空気感の中で何を学べるかが鍵となってきたように思います。もちろん、個人的な音楽に対する課題はたくさんありますが、ヨーロッパの国々の空気を吸って目で見て感じて、自分の糧としていければと思います。

 
[gakunai]

05.その他

「藝大に望むこと」

「大学は何かを与えられるところではない、自ら学ぶ場所だ、芸術の道は長く険しい」、そう故平山郁夫元学長が入学式で仰っていました。それは、留学することに対しても言えるかもしれません。

ドイツに行って、ただ生活しただけでは何も得られません。自ら行動して、考えて、色々な問題にぶつかり、悩んで初めて見えてくるものがあります。
留学したい、でも何から手を付けていいのかわからない。住むところは? 1ヶ月の家賃は? 入学するには何がいるの? など、そのきっかけとして、例えば留学生による体験談や質疑応答の場を設ける、海外音大の先生方の招聘レッスンの増加、海外の音大生と藝大生とのコラボレーションなど、積極的な出会いの場があればいいと思います。最近はピアノ科からも交換留学制度を利用してミュンヘン音楽演劇大学に留学した学生がいたそうですが、もっと学内で留学に関する情報がより身近に手に入るようになるといいなと思います。

その手段として、インターネット上の学内専用ページなどに情報を載せるなど、WebサイトやSNSなどの有効利用もひとつのポイントだと思います。今後もこのように色々な方の留学体験記が集められ、情報がオープンになることを望みますし、また、私自身の体験記が少しでも留学しようとしている人の参考になれば幸いです。[/gakunai]
(2013.2.3)

 

※学外へは一部を抜粋して公開しています。